大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(合わ)101号 判決 1973年10月23日

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和四四年四月に東京薬科大学に入学し、まもなく同大学の同好会である社会科学研究会の会員になり、同年六月から同会の指導者Hを通じて法政大学のレーニン研究会に出入りするうち、同会員らと大学改革などの社会問題について討論をしたりして友好を深め、同年一〇月ころには同会のリーダーであるMに共感を覚え、同人の言動に同調するようになつたものであるが、そのころMら同会の幹部は、過激派集団である赤軍派との連係を深め、同年一〇月二一日の反戦デーには、爆弾を使用して警察官を襲撃しようと企図していた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

一、M、S、R、F、H、K、L、E、Iほか二名くらいのレーニン研究会の会員もしくはその同調者らと共謀のうえ、Mの指示に従い、前記の警察官に対する襲撃計画にのつとり、治安を妨げ、かつ、人の身体、財産に危害を加える目的をもつて、ダイナマイト、工業用雷管、導火線、ピースのあきかんなどを使用して、爆弾を製造しようと企て、昭和四四年一〇月一六日ころの午後二時ころ、東京都新宿区河田町六番地のSの居室(以下「河田町アジト」という。)において、ピースのあきかんにダイナマイトを詰め、これに工業用雷管一本およびパチンコ玉数個を埋め込み、工業用雷管に、末端に接着剤を付けた長さ十数センチメートルの導火線を差込んで接着させ、ふたの中央部に穴をあけ、これに導火線を通してふたをし、ふたとかんとの接合部分にこん包用の接着テープを巻き付けて両者を固定し、もつて、爆発物であるピースかん爆弾約一二個(以下「判示の一のピースかん爆弾」という。)を製造し、

二、同月二三日午後八時ころ、河田町アジトにおいて、R、F、N、Lらとともに、Mから、治安を妨げ、かつ、人の身体、財産に危害を加える目的をもつて、判示一のピースかん爆弾一個(以下「本件ピースかん爆弾」という。)を東京都新宿区若松町九五番地の警視庁第八、第九機動隊庁舎付近で爆発させようと提案されたのに賛成し、翌二四日午後、右アジトにおいて、R、F、Nのほか、新たに右提案に賛成したJおよび赤軍派の者二名とともに、右合意に基づいて具体的な実行の方法について話し合い、R、J、Nが、同日午後七時に、導火線に点火した爆弾を第八、第九機動隊庁舎正門に投げる、被告人および赤軍派の者一名が、同時刻前後に同所付近を探察し、見張りをする、Fおよび赤軍派の者一名が、爆弾の爆発状況を見届け、見張りをするなどと、各自の役割を定めたうえ、それぞれアジトから機動隊庁舎までの経路およびその付近の下見をし、再び右アジトにおいて、見張り場所および逃走経路などの打合わせをし、もつて、治安を妨げ、かつ、人の身体、財産に危害を加える目的をもつて、爆発物を使用しようと共謀したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

判示一の所為は、爆発物取締罰則三条、刑法六〇条に、判示二の所為は、同罰則四条に該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情の重い判示二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、諸般の事情、ことに本件が治安を妨害し、人の身体、財産を害するために、ダイナマイト爆弾を製造し、これを使用しようとしたもので、きわめて反社会性の強い非人道的な行為であり、社会の人心に与えた不安感は安易にぬぐい去ることのできないものであること、右爆弾は不発に終つたが、それは被告人らの予想外のことであつて、しかし刑事責任を軽くするものではないこと、被告人が本件犯行に関与した態様は従犯的で、リーダーの命ずるままに動いていたのではないかと思われること、および犯行後は共犯者らの集団から身を引き、平穏まじめな学生生活を続けていたものであることを考慮し、被告人を懲役三年に処し、同法二一条により未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文に従つて負担させることとする。

(補足説明)

一判示一のピースかん爆弾を、本罰則にいう爆発物と認定した理由。

判示一のピースかん爆弾の構造は判示一に記載したとおりであり、前掲証拠によると、これに使用されたダイナマイト、工業用雷管および導火線は、正規の製造所で製造されたものとほぼ同一で、同様の性能を具備していたものと認められるから、導火線の先端に点火すると、その中心にある黒色火薬が徐々に燃焼して末端に及び、その切口から吹出した炎が、これと接する雷管内の起爆薬および添装薬を順次爆発させ、それによつて生じた熱および衝撃によつて爆弾全体が爆発するはずのものであつた。

ところが、この判示一のピースかん爆弾のうちの一つである本件ピースかん爆弾は、導火線の先端に点火したのにかかわらず、爆発しなかつたのである。その爆発しなかつた理由は、導火線を雷管に固定させる方法として、判示一に記載したように、導火線の末端部分に接着剤(ポンドらしいが、その品質、成分は明らかでない。)を付けて、これを雷管に差し込み、雷管の底面ないし内壁に接着させようとした結果、接着剤が導火線の末端から約四ミリメートルの部分の黒色火薬にしみ込み、それによつて右部分の黒色火薬が湿りあるいは固化して、燃焼しなくなり、導火線の燃焼がこの部分で中断したためであると認められる。また、右証拠によると、判示一のピースかん爆弾との同一性は必ずしも明らかとはいえないものであるが、本件ピースかん爆弾と同時ごろに押収され、これと同一の方法で製造された類似のピースかん爆弾三個も、本件ピースかん爆弾と同一の理由で不発に終るべきものであつたことが認められるうえに、判示一のピースかん爆弾のうちの本件ピースかん爆弾以外の約一一個についても、それが爆発したと認むべき証拠は、存在しないので、右の約一一個も同様に不発に終るべきものであつたといつてさしつかえないように思われる。

このように、判示一のピースかん爆弾は、導火線に欠陥があるため、導火線に点火するという方法では爆発しない不完全な状態にあつたものであるが、本来は、導火線に点火することによつて爆発をきたすべき構造、性質のものであつて、その装着された導火線を抜き、その末端の黒色火薬が湿りあるいは固定化した部分を切取り、その残りの導火線あるいは他の新しい導火線を雷管に差込み、通常の方法、すなわち雷管ばさみ等の器具を使用して導火線を雷管に固定するという、比較的簡単な作業により、本来の機能を発揮する爆弾になりうるもので、その危険性において完全な爆弾と区別すべき理由はないから、なお、本罰則にいう爆発物にあたるものと考える。

二判示二の点について、本罰則一条の爆発物使用罪の成立を否定した理由。

本罰則一条にいう使用とは、爆発物を爆発すべき状態におくことをいい、現実に爆発することは必要でないと解されており、当裁判所もこれを相当と考える。そして、右の爆発すべき状態におくというのは、個々の爆発物のもつ構造、性質に従つて、その爆発物を爆発させるにふさわしい方法を構ずることであると解すべきところ、検察官は、被告人らが本件ピースかん爆弾の導火線に点火してこれを投げつけたことをもつて、使用にあたるとしているのである。そして、前掲証拠によると、被告人らは、判示二の共謀に基づきアジトを出発し、午後七時ころ、Rが、第八、第九機動隊庁舎正門前道路の向かい側歩道上から、導火線に点火した本件ピースかん爆弾を、車道越しに、警察官らが立番中の右正門に向けて投げつけたことが認められる。

しかし、本件ピースから爆弾は、前記のとおり、導火線に欠陥があつたため、導火線に点火して投けつけるという方法では爆発しないものであり、その不爆発は、もとより点火の方法が相当でなかつたとか、投げつけ方が悪かつたとかというようなことによるものではなく、いかにうまく点火して投げつけても、また、行為者を変え、時と所とを変えてしても、いわば絶対的に爆発しないものであつたのであるから、これをもつて、本件ピースかん爆弾を爆発すべき状態においたものとはとうていいえないものと考える(昭和二九年六月一六日東京高裁判決、東京高裁判決時報五巻刑二三六頁参照)。なお、本件ピースかん爆弾と類似のものを多数製造して実験した場合に、その全部が爆発しないとは保証されないとしても、また投げつけた後に、偶然の事情が発生することによつて爆発する可能性が残されているとしても、右の結論に影響を及ぼすものではない。検察官が援用する大正七年五月二四日大審院判決(大審院判決抄録七六巻九八四三頁)は、投てきの方法によつて爆発すべき爆発物を投てきしたが、投てき力が弱かつたため爆発しなかつたという事案についてのものであり、また、昭和四七年一〇月一七日東京地方裁判所刑事一六部判決は、その判示にかかる時限発火装置を作動させることによつて爆発すべき爆発物について、時限発火装置を作動させたが、爆発物の設置の仕方ないし時限発火装置を作動させる方法が適切でなかつたため、爆発しなかつたのではないかと思われる事案についてのものであつて、導火線に点火して投げつけるという方法では爆発しない爆発物を、導火線に点火して投げつけたという本件には妥当しないものである。

なお、未遂と不能犯とを区別する基準として、行為者が認識した事情および通常人が認識しえた事情を基礎にして、結果発生の危険性がない場合を不能犯として構成要件該当性を否定し、そうでない場合を未遂犯として構成要件該当性を肯定しようという説が主張されているが、これは、いわゆる結果犯について、未遂と不能犯とを区別するためのものであつて、本罰則一条のような挙動犯、すなわち広く未遂的な行為を含めた使用という行為を構成要件としている罪について、構成要件に該当する行為とそうでないものとを区別する基準としては妥当しないものと考える。けだし、前者においては、構成要件該当性を肯定しても、未遂の処罰規定がなくて犯罪にならなかつたり、未遂として減軽ができるのに後者においては、常に犯罪が成立し、しかも減軽の余地もなくなつて、苛酷な責任を負わせる結果になるからである。

三判示二の点について、本罰則二条の使用の際発覚した罪の成立を否定した理由。

検察官は、判示二の点について、被告人の所為が本罰則二条の使用セントスルノ際発覚シタル者に該当するともいうが、導火線に点火して投げつける行為が使用にあたらないものである以上、使用セントスル行為もまた存在しなかつたといわざるをえないから、所論には賛成できない。

四アリバイの主張について。<省略>

よつて、主文のとおり判決する。

(坂本武志 坂井宰 森岡安広)

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